サムライはもともと「サウラビ」ではなかった

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サムライはもともと「サウラビ」ではなかった

サムライの起源①サムライとサウラビ

私たちが日本と聞いて思い浮かべるものの一つにサムライがある。
髷を結ったヘアスタイルで、着物や和風の鎧を着て、日本刀を腰に差した武士の姿が一般的に考えられるサムライのイメージである。
実際、武士は少なくとも近代以前には約200年に渡って日本の支配層の役割を果たしており、当時の社会でもいわゆる武士道精神が強調されて、武の国という自国のイメージが根強く埋め込まれていたため、そのような認識は決して間違ったものということはできないだろう。

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2014年6月、英国エコノミスト最新号の表紙を飾った日本の安倍首相。富士山を背景にサムライの服を着ている。


このように、日本を代表するサムライが、実は韓半島に由来したとすれば、興味深い話ででる。
ところで、それは実際に提起された。
三国時代に武士や戦士を指す古語が「サウラビ」であり、サムライという言葉自体、まさにこのサウラビから来たものであるというのだ。
こういった主張が一時期かなり流行していた。
例えば国内で2002年1月に公開された映画「サウラビ」(監督ムンチョングム、製作モーニングカームフィルム)は、「偉大な民族魂の復活」を標榜し、百済のサウラビは日本の武士の源流だったという考えをもとにして作った映画だという。

この映画が国内で公開される直前の2001年12月に作成された「MOOKAS」の記事で、当時「サウラビは日本のサムライの起源であるという説をめぐって、現在国内のネチズンと日本のネチズンの間で攻防が起きている」とし、インターネット上における賛否の主張を紹介している。
上記の記事を書いた人は、「何が正しいのか断定はできない」とし、「無条件に言い張るべきではない。これが認められるようさらに多くの研究が必要だ」というネチズンのコメントを引用して記事を仕上げている。

今はどうなのかよく分からないが、かつて学校の韓国史で、三国時代について学ぶとき、高句麗、百済、新羅の人々がそれぞれ日本に渡って文物を伝えてあげたという部分が登場した。
そのような内容を学ぶと、「日本はもともと野蛮な島国だったが、高句麗、百済、新羅の人々が高いレベルの文物を日本に伝え、教えてあげたので、日本は成長することができた」という考えを持つようになるのも不思議なことではない。
だから、古代の日本は高句麗、百済、新羅の人々から学ぶ立場にあったという考えで、サムライも百済のサウラビが起源だという主張を「そのはずだ」と納得してしまったのではないか?

しかし、「MOOKAS」記事の中で引用されている「日本のサイトに掲載されたサムライの起源説につての日本人のコメント」を読んでみると、あちこち不正確な翻訳があるが、「身分の高い人に仕える」という意味の動詞「さぶらふ」(最後の「ふ」は、現代日本語では「ふ」とのみ発音するが、歴史的な仮名遣いにより「う」と読む)がサムライの語源であり、そもそも「サウ」と「ラビ」の両方とも現代の韓国語で、百済の戦士が当時「サウラビ」と呼ばれていたのが事実なのか証明されていないという反論が提起されている。
日本人だけでなく、韓国人の間でも、話にならない話だと思っている人はいたようだ。

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教師でありドラマ作家であるキムヨンゴン氏は、1962年にテレビ時代劇「ガングガングスワルレ」でサウラビという言葉を最初に作った。

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1981年4月15日の東亜日報の記事「日本のサムライの起源は古代韓国のサウラビだった」。(しかしサウラビは1962年のドラマで初めて使用された新造語だった。)


では、「サウラビ」という言葉はいつから登場したのか?
これについては、2008年のチョロクブルの文<サウラビの雑談>で詳しく取り上げたので、その内容を簡単に整理しておく。
<東亜日報> 1962年11月20日5面の記事(装飾作家…キムヨンゴン氏)によると、教師で作家のキムヨンゴンは、昔の武士を「サウラビ」という現代語に変えたことを誇りに感じると語っているのだ。
1962年以前にキムヨンゴンによって創案された「サウラビ」という言葉が、後に歴史小説やTVドラマなどで使用され始め、映画「サウラビ」につながったのだ。
もともと武士一般の表現として創作された「サウラビ」という言葉が「百済のサウラビ」に変わったことについて、チョロクブルは、高句麗の「チョウィソニン」や新羅の「花郎」に比べると、確実に前に出せる用語がなかった百済のために「サウラビ」という言葉を作ったのだろうと推論した。
キムヨンゴンがサウラビという言葉を作ったという説は今でも有効であるとみられ、<東亜日報>もファンギュイン記者がその記事を2017年に再び言及しつつ「サウラビがサムライの起源だった確率はゼロに近い」という結論を下している。

このようにサウラビは、現代に作られた言葉であるため、この言葉がサムライの語源になることなどない。
ではサムライという言葉は何に由来したのか?
チョロクブルの文を振り返ると次のような一節が出てくる。


「サムライは漢字で『侍』(はべる)と書くが、これがサムライの語源を示している。この言葉は日本の平安時代(794-1185)に貴族を警護していた警護武士を示す言葉から始まったものである。」


この記事を見れば、サムライ(侍)という言葉は、もともと貴族の護衛武士という意味の言葉が武士を指すようになったという話になる。

(*以下、サムライの語源について日本の広辞苑などを引用しつつ詳しく説明)

引用ソース
http://www.newstof.com/news/articleView.html?idxno=1546





>><東亜日報> 1962年11月20日5面の記事(装飾作家…キムヨンゴン氏)によると、教師で作家のキムヨンゴンは、昔の武士を「サウラビ」という現代語に変えたことを誇りに感じると語っているのだ。
1962年以前にキムヨンゴンによって創案された「サウラビ」という言葉が、後に歴史小説やTVドラマなどで使用され始め、映画「サウラビ」につながったのだ。

どう考えてもサウラビの起源は日本のサムライってことですね。
「日本のものを取り入れて起源を主張しはじめる」というよくあるパターン。
こうやって一つ一つは潰れていってるのに、韓国人の根本的な部分での認識は変わらない。
「日本の昔から続く文化の大半はウリナラ起源」という根本の認識ね。
これは、↓こういう学校教育のためなのでしょう。



>>学校の韓国史で、三国時代について学ぶとき、高句麗、百済、新羅の人々がそれぞれ日本に渡って文物を伝えてあげたという部分が登場した。
そのような内容を学ぶと、「日本はもともと野蛮な島国だったが、高句麗、百済、新羅の人々が高いレベルの文物を日本に伝え、教えてあげたので、日本は成長することができた」という考えを持つようになるのも不思議なことではない。