「軍艦島幻想」

趙甲濟(チョ・ガプジェ)の超少数派サイトからVOAさん。

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「軍艦島幻想」

VOA

日本の産業革命遺産としてユネスコに登録された軍艦島(正式名称は端島)は、1890年から石炭が採掘され始め、1974年に閉山された炭鉱の島である。
現在は無人島状態だが、ユネスコ登録でたくさんの関心を受けて、観光客が集まっているという。
軍艦島の石炭は質が良く、日本の製鉄所などに供給されるなど、日本の近代化に大きく寄与したという点が認められてユネスコに登録されたものである。

日本に対してどうにかしてケチをつけようと探していた一部の韓国人たちにとって、好材料ができたわけだ。
それからずっとメディアが意気揚々としながらニュースを報道し、映画まで登場することになった。
映画は公開前からマスコミが総動員で客引き(?)をして、そのおかげで公開二日で150万人の観客数を突破したというニュースが浮かんだ。
反日の素材がおばあさんの日本軍慰安婦だけでなく、おじいさんの日本での鉱山労働者へも拡大している現象である。
慰安婦と鉱山労働者のおじいさんの話は粛然として向き合わなければならない私たちの痛い歴史だが、どうしてこのように新しい風を吹かせまくるのだろうか?

ネイバーの常識辞典で調べてみると、「特に軍艦島は、1940年代に多くの朝鮮人が強制徴用されたところである。」という文章がある。
聯合ニュースは、「『軍艦島』生存者の証言…『裸でおにぎりを食べながら労役』」と報じた。疲れ切った悪夢の象徴という話である。しかし、語るおじいさんがこれを楽しそうに話してるので奇怪である。

*聯合ニュースの「『軍艦島』生存者の証言…『裸でおにぎりを食べながら労役』」という元ニュースを確認してみましたが、ここでも「フェイク落書き」がどーんと使われてました。↓これのことね。

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まあ、楽しかったとしても、号泣していたとしても、とりあえず事実関係は確かめなければならないのではないか?
1940年4月5日の東亜日報に、このような記事が掲載された。
その日、「釜山から日本へ渡航する朝鮮人の問題で、内部(朝鮮)と外部(日本)の関係者で会議」が開かれたとある。
つまり、朝鮮人の日本入国に関する会議をしたということだ。
会議の内容は、「自由労働者の渡航は制限するにしても、集団労働者の渡航はできるよう、手続きを簡単にしてほしい…朝鮮側としては、渡航制限を完全に撤廃するのが理想だが、日本側に了承点していただけないので…」という部分が出てくる。
つまり、当時は朝鮮人が日本に行くことが厳しく制限されていたが、朝鮮側がこれを撤廃もしくは緩めてほしいと要求していたという実状が分かるのである。

同日東亜日報の社説は、朝鮮人の日本への密航問題を扱っていた。
この社説を読むと分かるのは、当時、日本への密航を斡旋するブローカーが猛威を振るっていたということである。
こういったことは、普通に入国するのが難しいために現れる現象である。
現在、中国人や東南アジア人が韓国に密入国したり、観光や研修目的でビザを受けて入国して姿を隠す事例を思い出させる部分だ。
そもそも慰安婦たちも、このような仕組みでお金を介して流れていったのではないか。道を歩いていたら捕まえられて強制連行されたという説を信じるのは難しい。

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1939年、「朝鮮人の(日本本土)移送計画」が発表された。
この発表によると、朝鮮の労働者が日本に行ける道は大きく分けて二つあった。
各企業の独自募集があって、朝鮮総督府に依頼し、地元民(朝鮮人)を募集する「官斡旋」があった。 
「強制」という用語は韓国が作った話に過ぎない。
しかし強制はあった。その強勢とは日本に渡っていく密航者を検挙して、朝鮮に帰国させたものである。
これは「強制連行」ではなくて「強制帰国」だ。

また、徴兵は1938年度に発表した「陸軍特別志願兵」制度を見てみればいい。
強制はなかった。
志願し、その後に厳格な手続きを経なければ、日本軍への入隊は不可能だった。
当時の志願者数と最終入隊者数を見ると、1938年の最初の年は、志願者に比べて入隊率が13%台で、翌年から1943年までは5%未満だった。針の穴も同然だ。
当時の東亜日報の報道によると、慶尚南道咸安からの志願者は300人いたが、9人(3%)しか合格できなかったと書かれている。
朝鮮総督府の資料によると、1942年は1.6%(志願者254273人で入隊者4,077人)だった。
100人が志願しても2人以下しか合格できなかったということである。

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戦争で敗色が濃くなり、日本本土の若者がすべて徴兵されて戦場に出るようになると、炭鉱労働者が不足しはじめた。
だから「徴用」が開始された。
国家総動員法によって「国民徴用令」は1939年に実施されたが、朝鮮人には適用されなかった。
プライドが傷つく話だが、「朝鮮人は労働の質も落ちるし、信頼できない」という理由で適用されなかったのだ。

そうするうちにだんだん労働力不足が深刻化して、「内鮮融和」という統治理念を打ち出した朝鮮人たちの嘆願と総督府の努力により、1944年9月から朝鮮半島在住の朝鮮人たちにも「国民徴用令」が適用されることになる。
そこで初めて「朝鮮人の日本への渡航制限の撤廃」が行われたのだ。
「強制」といえるかもしれない「徴用」は、1945年3月までのわずか7ヶ月だった。
連合軍が制海権を掌握し、釜山と下関を結ぶ関釜連絡船航路が閉鎖されたためである。
そして数ヶ月後に、日本が降伏することで状況は終わった。

さらなる疑問がもう一つある。
解放後、多くの朝鮮人はなぜ、それだけ苦しみを受けた日本の地を離れなかったのだろうか?
差別され抑圧され命まで失うほどだったその「悪夢」のような場所なら、なぜ離れなかった?
同胞の彼らは差別を受けたとはいっても、韓半島にいる時よりもはるかに良い暮らしをしていたのだ。
故郷に帰って来ることに消極的だった。
つまりこれは、当時の日本は、私たちが今言ってるような「生き地獄」ではなくて、「チャンスの地」だったことを証明するものである。
その後西ドイツに看護婦や鉱山労働者として行ったことや、今東南アジアから来る労働者の境遇と同じような脈絡である。

(日帝植民地時代の実像を誰よりも深く研究してきたイ・ヨンフン・ソウル大学経済学部教授は、韓国が現在日帝植民地時代を振り返っている状況を見ながら「幻の国」と言った。)


VOA

引用ソース
http://www.chogabje.com/board/column/view.asp?C_IDX=73788&C_CC=BC







*前も言いましたが、私は韓国が日本に求めてる「真実を記した資料館」を作ることに賛成です。
↓こういう真実をすべて記したものを、です。


>>1940年4月5日の東亜日報に、このような記事が掲載された。
その日、「釜山から日本へ渡航する朝鮮人の問題で、内部(朝鮮)と外部(日本)の関係者で会議」が開かれたとある。
つまり、朝鮮人の日本入国に関する会議をしたということだ。
会議の内容は、「自由労働者の渡航は制限するにしても、集団労働者の渡航はできるよう、手続きを簡単にしてほしい…朝鮮側としては、渡航制限を完全に撤廃するのが理想だが、日本側に了承点していただけないので…」という部分が出てくる。
つまり、当時は朝鮮人が日本に行くことが厳しく制限されていたが、朝鮮側がこれを撤廃もしくは緩めてほしいと要求していたという実状が分かるのである。

同日東亜日報の社説は、朝鮮人の日本への密航問題を扱っていた。
この社説を読むと分かるのは、当時、日本への密航を斡旋するブローカーが猛威を振るっていたということである。

>>また、徴兵は1938年度に発表した「陸軍特別志願兵」制度を見てみればいい。
強制はなかった。
志願し、その後に厳格な手続きを経なければ、日本軍への入隊は不可能だった。
当時の志願者数と最終入隊者数を見ると、1938年の最初の年は、志願者に比べて入隊率が13%台で、翌年から1943年までは5%未満だった。針の穴も同然だ。
当時の東亜日報の報道によると、慶尚南道咸安からの志願者は300人いたが、9人(3%)しか合格できなかったと書かれている。
朝鮮総督府の資料によると、1942年は1.6%(志願者254273人で入隊者4,077人)だった。
100人が志願しても2人以下しか合格できなかったということである。


こういった真実をすべて記した資料館、軍艦島に作ってください。
ついでに韓国が今までフェイク写真を使いまくってきたということも資料として展示してほしいです。
一切の配慮は必要ありません。



いずれにせよ、まずは日本人が知るべきです。
こういうのは私にとっても、このブログを読んでくださる人にとっても、もう常識として知ってる厳然たる事実だけど、一般の日本人はいまだに驚くほど何も知らない。何度も何度もこういう記事を取り上げるのは、そういう人が知る機会になるかもしれないと思うから。
でも本当は、こんな個人ブログじゃなくて、日本のマスコミにちゃんと報道してもらいたいっていつも思ってます。


はっきりいって笑えないです。
これだけ「事実」が明らかなんだから大丈夫だと思う?
私はそうは思わない。
慰安婦と同じようになるよ。
韓国は世界で「日本はウリナラを強制奴隷労働させて、働けなくなった朝鮮人を大量虐殺した!」と喧伝しつつ強制徴用者像を建てはじめるし、世界もそれを信じるようになる。


韓国人のコメント


東灘人(ハンドルネーム)
ありがとうございます。