[Why] 「成功した韓国人の養子?私は骨までフランス人だ」

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[Why] 「成功した韓国人の養子?私は骨までフランス人だ」

[キムスギョンのスポットライト]

フランスで初めて東洋系の長官を務めた養子出身のフルール・ペルラン

フルール・ペルランになったキムジョンスク

生後6ヶ月に養子縁組…平凡な家庭で育つ

16歳に代入資格試験合格…エリートコースを歩む

中企・文化部長官をして

韓国企業の投資を受け入れ…フランスのITスタートアップ発掘

韓国企業だからではなく、IT先進国だからと思って一緒に働いている

「韓国に来るたびにカラオケに行きます…ビール早飲み大会にも」

生みの親を探す計画はない

発展途上国出身の養子が長官になることができる国は、フランス以外にはないだろう

12歳の娘の韓国愛

韓国語に関心が多い娘… マイバケットリストに韓国語学習を追加

フランスの韓流ブーム

韓国映画・音楽の流行によって日本語より韓国語のほうが人気

K-POPの歌詞を歌うフランスの10代を見てびっくり


2012年、韓国は飛行機で12時間離れているフランスの中小企業のデジタル経済大臣の就任に舞い上がっていた。
フランスの社会党候補のオランド大統領が選挙で勝利した直後だった。
左派政権が執権したのは、フランスで17年ぶりのことだった。
ドイツと共にヨーロッパで最も大きな影響力を行使しているフランスの政権交代だったが、韓国の関心は東洋人に見える39歳の女性長官に集中していた。
短髪でまっすぐ切った真っ黒な髪と、それと対比される白い顔、黒い瞳と薄い中二重まぶたの目で、東洋系で初めてフランスの大臣に任命された彼女は、誰が見ても韓国女性だった。
外見とは異なり、彼女の名前は発音も難しいフルール・ペルラン(44・Fleur Pellerin)だった。
生後6ヶ月の時、韓国からフランスに養子縁組された彼女は、去る2012年5月、中小企業のデジタル経済相をはじめとして2016年までに通商観光部長官と文化部長官を務めた。

昨年2月に長官から退いた後、彼女はフランスIT産業の発展のため、「コーレルリアキャピタル」を立てた。
昨年末から韓国企業ネイバー・ラインと手をつないでヨーロッパ、特にフランスのスタートアップを発掘・投資する仕事をしている。
去る9日、ソウル奨忠洞新羅ホテルで、彼女に、韓国の養子として欧州の先進国で長官職に上がった後、再び韓国に戻ってきた感想を尋ねた。
彼女の答えは冷静だった。

「生まれた場所はここかもしれないが、私は骨の髄までフランス人です。韓国人たちが私を成功神話の主人公と見てくれるのはありがたいが、私は韓国人ではない」「生みの親を探すつもりはないのか」という問いに彼女は答えた。「ありません。」

彼女の答えには一瞬の迷いもなかった。
韓国人から数十回はされた質問だったのか、「生みの親」という単語を取り出して言葉が終わる前に「ない(No)」という答えが飛び出した。
彼女の頭の中では、韓国は「私を生んた国」ではなく「アジアの小さな国」程度のようだった。
私たち国民を「韓国人」とずっと言い続ける彼女の言い方は、少し冷酷にも聞こえるほどだった。

「私は骨までフランス人」

彼女に冷酷だったのは生まれた国の韓国だった。
1973年8月29日、道に捨てられていた彼女が発見された日である。
生まれて3〜4日頃と推定される女の子だった。
6ヶ月が過ぎた頃、彼女は白い産着に包まれて、義母のアニメ・ペルランの腕に抱かれた。
キムジョンスクがフルール・ペルランに生まれ変わった瞬間だった。
それ以来、彼女は一度も韓国に足を踏み入れたことがなかった。
2013年3月に本紙が主催した「第4回アジアリーダーシップカンファレンス」の基調講演を引き受けて訪韓したのが初めてだった。
フランスに養子縁組されてから40年ぶりだった。

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生まれた国に帰ってきた彼女の最初の日程は、韓国のフランス企業との晩餐だった。
自分が養子縁組されたホルト児童福祉会を訪ねたり、自分が発見された付近に立ち寄ることなどまったくなかった。
彼女はその時も「私が生まれた場所を訪れることになってわくわくしている」とは言ったが、「私が生んでくれた両親が誰であるかには関心がない」と線を引いた。
彼女はその後しばらくの間、足を向けなかった。

そうした彼女が長官職から退いた後、9月に韓国の企業とビジネスパートナーを結んだ。
その後1年に5〜6回、あれこれの理由で韓国を訪ねている。
去る3月にソウルDDPで開かれた国際建築シンポジウムに出席した。
写真を撮ろうと近づいてくる韓国人を相手にしたりして、演説の途中に冗談を投げかけた。
韓国に結構慣れたようだった。

-スタートアップに投資するだけだと思っていたが、いくつかの仕事をするようです。

「今はいくつかの仕事を同時にしています。OIF(Organization International of Francophonie・フランス圏国際機構)広報大使も仕事にしており、平昌五輪の時、フランス語がスムーズに使用され、フランス語の価値を改善させるように企画します。様々な場所で講演もしていますが、実際にコーレルリアキャピタル代表職が最も主な仕事です。ネイバーから1230億ウォン程度の投資を受けて、このお金でフランスとヨーロッパのITスタートアップ企業を発掘します。まともな会社だと判断されれば、投資も惜しみないです。いろいろな仕事をしているので、ある意味、韓国とフランスの間の橋渡しをしているわけです。」

-ところで、何故わざわざ韓国企業と働くことにしましたか?

「韓国だからではなく、アジア市場に関心のあるヨーロッパのIT企業が韓国を好むからです。高速インターネットとサムスン電子など、IT企業が切望する非常に発展した市場という意味です。」

-相手は、あなたが韓国人なので、楽だに考えそうですが。

「私には全く関係ありませんが、彼らがそう感じることはあるでしょう。私が持っている東洋人の外見が、白人やラテン、あるいは黒人など、西洋人に見えるよりも身近に近付くことができますからね。そして韓国は、どこの出身だとか、血縁だとか、そういうことをあまりにも問い詰めるじゃないですか。私の外見が韓国人たちに負担がないのなら、ビジネスパートナーとして私に害になることはないですね。」

-韓国というのが重要な要素ではないのですね。

「そうです。韓国に来れば、人々がしきりに『あなたがどこで生まれたのか気にならないのか』『お母さんが誰なのか知りたくないのか』と尋ねるが、私の父や母は、私の国のフランスのパリにいる私を育ててくれた二人だけです。」

彼女と彼女の両親を繋いであげたホルト児童福祉会は、生みの親を探す仕事をするとき、徹底的に養子者本人の意思だけを考慮する。
生みの親が彼女を探してたくても、彼女が同意しないのなら、繋いであげることはない。
彼女は生みの親を探すのを試みたこともないし計画もないと言った。

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常に最高の成績を維持したエリート

2013年以降、韓国を15回ぐらい訪問したが、彼女はまだ韓国に対して心の扉を開いていないようだった。
彼女の笑い声は愉快だったが、内心はそうではないのではないか。
東洋人養子にとって、見知らぬフランスでの生活は大変だったのではないだろうかと気になった。

-どのような家庭で育ったのか?

「非常に平凡で、経済的にもそんなに余裕がない家庭で大きくなった。子供時代を過ごしたところも、パリ郊外にある静かな地区です。父は核物理学の勉強をして博士号まで取ったが、母は教育の恩恵を受けていない方です。非常に貧しい家に生まれて、16歳の時から工場でお金を稼がなければならなかったそうです。私と私の妹を育てているときは、ずっと主婦をしてました」彼女の妹も韓国から養子縁組されている。

-特別ではない家庭に養子縁組された子供が自分の力で長官になったんですね。

「フランスでは可能です。教育制度がうまくいっているからです。まず高校まで無条件に無償教育です。高校を卒業した後、グランゼコールと呼ばれる専門分野学校で勉強するには、授業料を払わなければなりませんが。それは選択です。」

-成長の過程で人種差別を受けたことはありませんか。

「私が感じたことはありませんでした。特に私のような場合は、学校でも成績が常に先頭グループで、大学に入った時期も同年代より2年ほど早かったため、私のことを無視することができなかったのでしょう。」

ほとんどのフランス人が18歳の時に受けるフランスの高校卒業試験バカロレアに彼女は16歳で合格した。
3年制の一般大学に通う代わり、彼女はフランスで最優秀学生のみが入学するプレパコースを選択した。
グランゼコール準備段階の学校だ。
グランゼコールは、韓国で言えば専門大学院のコースと似ている。
2年間のプレパ課程を修了した彼女は、フランスの商経系グランゼコールで最上位圏エセク(ESSEC)ビジネススクールに入学した。
21歳にエセクを卒業した彼女は、経済政策などを研究するため、違うグランゼコールのパリ政治大学(Sciences Po)に入った。
パリ政治大学卒業後、政界進出の夢を抱き、ENA(国立行政学校・École nationale d」administration)に進学し、彼女は監査院に勤務しつつ、少数差別に反対するNGOなど活発な活動をした。
2002年社会党の大統領選挙キャンプでスピーチの作成に参加しつつ、現実の政治に足を踏み入れた。

-社会に進出した後でも偏見はありませんでしたか?

「あったでしょうが、東洋人だからではありません。就職市場で差別を受けたこともあったけど、私は公務員試験を受けて合格したので、民族的に評価される機会がありませんでした。女性であるということので差別にあったことはあります。高位公務員の世界では、フランスも少し男性支配的な雰囲気があるんです。」

彼女は大臣に任命された時、フランス現地メディアは、「貧しい国で養子縁組された東洋の女性という点が、多様性を追求したオランド内閣と合致した」と書いた。
彼女も昨年2月、文化部長官から退いて、「発展途上国の貧民街で生まれ、フランスの平凡な家庭に養子縁組された子どもたちが文化部長官ができる国は、世界にはほとんどない」と述べた。


12歳の娘は、韓国に関心が多い

-長官としての人生は簡単ではなかったようです。

「ひとつ確信できるのは、長官という席が地球上で最も過酷な席だということです。」彼女は舌を巻いた。「やりがいはありました。特に私の主張していた政策が実現すると。しかしその場にいると、常に『期待に満たない』という話を聞かなければならい。政策を強力にプッシュしても『あまりに性急だ』といわれるし、少し遅くしようとすると『遅すぎる』と批判される。何か変えようとすると説得しなければならず、ある場合は、私と同じ政党に属する人々まで攻撃してきました。無駄に力の抜ける口論もありました。」

彼は前夫との間に生まれた娘ベネレス(12)と、弁護士であり高位公務員の夫のローラン・オールレオン(48)、ローランが前妻と産んだ子、すべてと一緒に住んでいる。

-初めて長官になった時、娘が幼かったですね。

「その時は子供が7歳だった。長官の仕事中は、仕事と生活の調和のようなものは夢のまた夢でした。4年半の間、家にはほとんど帰れませんでした。忙しすぎて、ママとして罪悪感を抱いた。私が自分自身よりも良い生活をしてほしいと望む私の母も、『娘との時間をもっと取ってあげて』『ベネレスにもっと気をかけてあげて』とアドバイスしていました。ところが娘は幸いなことに(笑)本が好きで、学校の宿題も自分でやる自律的な性格です。家を留守にしつつ知ることができました。娘のおかげでむしろ女性という理由だけでキャリアを放棄しなくてもいいという事実を」

-娘のほうがむしろ韓国に関心があると聞きました。

「特に韓国語に関心が非常に多いです。子供にあなたの4分の1は韓国から来たと説明したんです。子供と一緒に韓国で休暇を過ごしたりもしました。特に夫の息子が18歳、16歳ですが、ギーグ(geek)です。韓国もそういう種の文化が多いでしょう。子供たちと一緒に雪岳山と済州島にも行きました。夫と子供たちも個性的だとして興味を持っていました。」

韓国映画と音楽のパワーに驚いて

-あえて「私は韓国人ではなくフランス人」と言う理由がありますか。

「我が国(フランス)は、政治・社会的な合意が国民意識のもとになるところです。私が生まれたのは韓国だが、17世紀の哲学に基づいている国で教育を受け、生涯住んでいたので、その認識が奥深いところに打ち込まれているんです。生後6ヶ月で養子縁組されたが、記憶があるわけでもありません。さて、不思議な点が一つあります。」 

-何ですか。

「韓国とフランスは非常に似ていますね。特に両国の人々の生活の楽しむ方法は本当に似ている。お祝いすることがあれば、友達を呼んでパーティーを開いたり、食べ物を食べて酒を飲んで歌うことが好きという点でも。地中海的というべきか?そんな独特のヨーロッパ文化が韓国にもありました。」

-酒を飲んで歌うのですか?

「韓国に立ち寄るたびにカラオケに行きます。すごく面白い。韓国の歌ではないが、声を上げてポップソングを歌います。韓国で付き合っている友達とビールも楽しんで飲む。昨年はビール早飲み大会などにも出かけました(笑)」

-韓国映画や音楽にも関心がありますか。

「最近の映画『オクジャ』を作った監督は誰でしたか?ああ!ポンジュノ監督!彼が作った『グエムル』という映画を非常に感銘深く見ました。少し暴力的だが、感覚的なパクチャヌク監督の映画も印象深かったです。パク監督は2週間前にカンヌ映画祭で会って昼食を一緒に食べました。カンヌ映画祭の審査委員なんです。韓国映画は、その芸術性が世界的に認められています。Kポップも同じことでしょう。朴槿恵大統領がパリに来たときに、Kポップコンサートが開かれたので行きましたが驚きました。フランスの10代の少女たちが韓国語の歌詞をすべて覚えて歌ってました。涙まで流してました。最近1〜2年の間、フランスで韓国語の人気が日本語を押しました。韓国語の歌詞や映画のセリフを理解するために韓国語を学ぶのでしょう。『韓流パワー』でしょう」彼女は「韓流」という言葉だけはきちんと言った。

-韓国語を学ぶつもりはないんですか?

「いつかは学んで見たい。長官として仕事をする時は、忙しすぎて学ぶ時間がありませんでした。幼いときは新しい言語を学ぶのはとても簡単で、当然のことでしたが、今では年をとったので努力が必要です。マイバケットリストに『韓国語を学ぶ』が含まれています。」


「韓国で成長していたら長官になっていただろうか?」

-あなたの人生を「人生逆転」といえますか。

「率直に言って私は、限界を激しく克服しながら生きては来てません。フランスは韓国とは異なり、幼い子供に学校の成績のストレスを与える国ではないですから。むしろ養子縁組されて、経済的にも政治・社会的にも幸運だったと思います。私が養子縁組されたのは1970年代だったが、当時の韓国はとても貧しくて政治的にも不安定な国でしたから」

-養子縁組されたのでよかったと思いますか。

「私の生みの親は、おそらく韓国では非常に貧しくて教育もしっかり受けていない人だった可能性が高いです。そうでなければ生まれたばかりの赤ちゃんを捨てなかったでしょうから。そのような家庭環境と、韓国特有の競争的で抑圧的な文化の中で成長していたら、韓国で長官をすることはできなかったのではないでしょうか?」

彼は鼻をしかめて笑った。
「生みの親が生まれたばかりの赤ちゃんを道に捨てたという彼女の言葉が耳の中でぐるぐる回った。
彼女の人生全体が初めて理解できるようだった。

引用ソース
http://news.naver.com/main/ranking/read.nhn?mid=etc&sid1=111&rankingType=popular_day&oid=023&aid=0003289155&date=20170617&type=1&rankingSeq=1&rankingSectionId=102


*同じことを「日本で育った韓国人」が言うとどうなるんでしょうね。
そもそも記事にしないでしょうけど。

それにしても、今まで相当ウザい質問を韓国マスコミにされ続けてきたんだなと、それが伺える返事だなと思いました。
同時に、彼女のしたたかな頭のよさも感じました。「韓国人の情緒を利用して私のビジネスに投資してもらおう」みたいな。


韓国は、上のような質問を、「日本で育った韓国人」にも同じようにしてきました。
そして「日本で育った韓国人」の場合は、上手に韓国人のツボをつく返事をするでしょう。
それは「韓国人的」ともいえるし、相手がどんな返事を望んでいるのかを察してリップサービスするという意味においては「日本人的」ともいえる。









韓国人のコメント


・はい。そもそも捨てておいて、後で成功したからといって、同胞云々いいながら褒め立てるのも破廉恥なことだ。
ただそのままにしておくべきだろう。
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・グクポン(*国+ヒロポン/愛国中毒)は韓国人だというが、ただフランスの人である
共感19016 非共感151


・質問する人も愚かだ。
そもそもフランス人の両親に愛されて育った人が、自分を捨てた親や国にまだ愛着を持っていると思うのも滑稽だ。
フランスの政界に身を置いている人で、確実に韓国と線を引こうとしてる人が、自分のアイデンティティを韓国で探そうとするだろうか?ふふふ 稚拙である。
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・エヒョ。
いつも偉大な人物が出ると、血筋のたわごとを言いつつ、誇らしい韓国人だと言ってるが…
あの人にとって大韓民国はただの外国である。
韓国人云々を言わず、沈黙しておくのがその人のためである。
共感16188 非共感100


・フランス人を疲れさせないで放っておいて。
お前なら、自分を捨てた国に愛情を持つのか?
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・素敵ですね。
ところで、韓国に捨てられてて養子縁組された人が、成功したからといって、その人と韓国との関連性をどんどん探そうするのはちょっとやめてほしい…
今までそういうことをあまりにもたくさんしてきた。
あの人は韓国で生まれたフランス人というだけです。
むしろフランスで育ったので、あのようになることができたのだし。
もし韓国で育っていたら、果たして…?
共感2415 非共感17


・韓国のマスコミのこういう取材が、まさに後進国だ。
共感2299 非共感13


・なぜフランス人を大韓民国人というか?
本当にこのようなものをみると本気で恥ずかしい。
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・記者が最後まで知ったかぶり。
その程度の会話でいったい何を理解したというのか…
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・紳士的にマナーとしてこういうふうに言ってくれたのだ。
実際は韓国が嫌いなんだ。
自分を捨てた国だから。
共感1574 非共感13


・養子の多くは困難な幼年時代を過ごしながらアイデンティティを確立している。
どうか見た目が韓国人だからという理由で、そういう質問はしないでほしい…
共感1488 非共感11


・フランス人として誇りを持って生きる姿です。
自分を捨てた親の国を嫌わなかっただけでもかっこいいと思います。
すべての韓国人養子の赤ちゃんが、赤ちゃんを切に望んでいる良い両親に会って、より良い機会を持つことができることを願います!
共感1412 非共感7


・のような時だけ韓国人扱い。ふふふ
スポーツスターたちもそうじゃないか。ふふふ
正直いってチュ・ソンフン(*秋山成勲)も日本人だ。
共感1369 非共感18


・途中、眉をひそめる表現がありますね。
記者の方の個人性向が記事ににじみ出ることはありますが、失礼になる質問もあるし、本人/または会社の考えや価値観も見えます。
韓国とは全く関係なく育った人々に、韓国への関心や韓国人としての自負心を強要しているように見えます。少なくとも私には。
その方は当然フランス人である。
途中で「私たち韓国」についてその方が冷酷だったというニュアンスの表現…
共感1314 非共感8


・捨てる時はお前らの娘。
成功したら私たちコリアン。ふふふ
共感1281 非共感8


・記者に疲れる。
断固とした返事をしてるのに、何とか関連させようとして、質問ごとに韓国のことを聞いて…
共感1049 非共感6


・養子でも、成功してない養子には見向きもしない。
成功した養子だけ韓国を問い詰めて。
おそらくあの人は内心で、韓国人たちのそんな根性を嫌悪しているんだと思う。
共感1030 非共感5


・ただのフランス人。
共感803 非共感8


・この女性の考えが正しい私。
海外の同胞がゴルフで優勝するたびに、韓国人と呼ぶが、そのたびにおかしな気がする。
かれらは自分を韓国人だと思ってないのに。
あまりにも利己的な考えを捨てよう。
共感727 非共感1


・冷酷に聞こえるだなんて…
ヒラリー・クリントンがアメリカ人であり、メルケルがドイツ人であるように、あの方はフランス人である。
それを尊重しなければならない。
粗雑な同胞愛はちょっとやめてほしい。
共感710 非共感3


・この方の意見が正しいと思う…
韓国がこの女性に何をしてあげた?
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・いつもこうた。
成功したと聞くと、「韓国系だ!誇らしい私たちの民族!」って。ふふふ
エヒョ。恥ずかしい。
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・インタビューの中で何とか韓国と関連させようとする記者の努力。
最後に彼女について、人生全体を理解したというように言って締めくくった。鳥肌。
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・海外養子縁組は、父母が捨てたというより国が捨てたんだ!
共感382 非共感31


・血筋が韓国人というだけで、韓国人がその人を助けたこともないのに、このような記事を見ると吐き気がする。
平凡な養子や同胞には見向きもせず、何かの業績を立てたらやっと韓国人だといって、「韓国が懐かしくないか」などの質問をしまくる…
本当に失礼ではないか?
特にこの記者の方は、インタビューで、あの人が立てた業績についての質問よりも、韓国についての質問を必死でしてる。
線を引く回答が出てくると「冷酷」とまで書いている。
こんな感情的で核心から外れた記事をなぜ書くのか?
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・安っぽい記事だ。
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・この人、フランスのテレビでも、「自分が韓国からの養子という理由だけで、韓国のメディアが大騒ぎしているのが理解できない」と言っていた。ふふふ
韓国が本当に恥ずかしい。本当に。涙
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・記者のレベルをみると韓国は国際化とはほど遠い…
どうにか韓国血統と繋げて…韓国がその女性を捨てたのに…恥もないのか…
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・あんな質問をすること自体が人種差別だ。
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・こんな記事をなぜ書くのか?
海外に養子を送ったのが自慢なのか?
生物学的にのみ韓国人であって、実質的に韓国人ではないのに…!
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・捨てておいて、成功したら私たちの血筋だと。ふふふ
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・自分のルックスをビジネスに活用するしてるだけだろう。
養子の成功としてアクセスするメディアの80年代の考え方から直して欲しい。
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・捨てるときは冷たくて捨てて、成功したら韓国人。
朝鮮人の低レベル。病身の国。
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・「韓国人の血が流れているのを誇りに思う」という答えを引き出そうとしているのか。
意味のない質問が多いね。韓国はその人に何もしてあげてない。
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・韓国人として最も恥ずかしいのは、海外養子で成功した人を韓国系だと誇っているとき。
私たちの国ももう人間の輸出は停止しましょう。
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・捨てた養子…それまで何の関心もなかったのに…成功したら韓国人…恥ずかしい!
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