パククネ政権はすでに失敗した
中国と日本を訪問した後は、交通意識が良くなる

趙甲濟(チョ・ガプジェ)の超少数派サイトから、今回はpalpalさんという人。

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パククネ政権はすでに失敗した
 
palpal

イミョンバク政府とはまた違う方法で、パククネ政府はすでに失敗の道に入ったと思われる。
大統領候補当時に公約していた国民統合は、任期の初めから水を渡って行った。
経済状況も倒れて崩れていっている姿だ。
造船事業など、これまで我が国の経済に貢献していた巨大なビジネスが崩壊しているし、若者たちには仕事がなくなってるし、未来が暗鬱としている。

現在のパククネを見ると、まるで盧武鉉政権の政権末期を見るようだ。
盧武鉉政権末期のように、意地と負けん気と不通がパククネの顔に見える。
国のために何が正しいか、何が優先なのかを知らないようだ。

南北関係も最悪である。
いや、60~70年代に戻ったようだ。
同じ時期に開始した北朝鮮のキム・ジョンウンに比べて、パククネ大統領のほうが良いと言えるだろうか?

パククネ大統領は世界各国を華やかに歩き回って北朝鮮孤立政策をしたが(*日本孤立政策もね(´∀`*))、キム・ジョンウンは北朝鮮内部のあちこちを視察して、自分たちが目指す核を作ったし、ICBMとSLBMを成功させて、彼らが望んでいた目標を達成した。

外国を歩き回りながら華やかな首脳会談をたくさんして、パククネのスコアの中で最も高い分野が外交分野だという言葉が最初にあったが、どの外交を上手くやったのか?

米国とさらに緊密になったのか?
それで国益を取りまとめたか?
それもない。
 
日本とは言うまでもない。
結果的に日本に心の中を見すかされただけの外交に終わった。
結局は、韓国と日本国民との距離感だけを更に広げた。
 
すべてを犠牲にして、ほぼオールインした中国との外交は上手くいったか? 
現実が示している。
中国の本質と限界を知らない外交的修辞に弄ばれた格好になってしまった。
結果は近づいたどころか、成果なく終わるように見える。
 
すなわち、近視眼的な外交をしたのである。
 
最近TVに映るパククネの顔には、意地っ張りな負けん気が見えるだけだ。
おそらく、できてようができてなかろうが、今は所信(?)通りにやってきたと言って貰おうという考えがあるようだ。
このような「頑固」を見て、核心の支持者は熱狂する。
それを批判する大多数の国民に対して非難を浴びせる。
彼らだけの祭りである。
まさに盧武鉉政権末期に見た現象である。
彼らは政権を奪われても、彼らだけの凝集力で、自分たちの主張が正義であるとして、自分たちの主張に批判する人々への激しい非難を躊躇しなかった。

今の親パククネたちの行動には、親盧武鉉の姿が見える。
こういった人々は、次期政権が反対派に移ろうが移るまいが、彼らだけの祭りを楽しむだけである。

パククネ政権=盧武鉉政権=失敗政権


palpal

引用ソース
https://www.chogabje.com/toron/toron22/view.asp?idx=&id=136715&table=TNTRCGJ&sub_table=TNTR01CGJ&cPage=1


韓国人のコメント


自由韓国(ハンドルネーム)
それでも盧武鉉政権と比較するのはあまりにも…
盧武鉉政権は、政権再創出にすさまじく失敗しましたが、パククネ政権は政権再創出に成功する可能性が50%はあります。
国民が来年の大統領選挙で野党を選択すれば失敗したと見られるでしょうけど、与党を選択すれば失敗したとは見られないでしょう。
イミョンバク政権が経済管理に失敗していたら、いくらパククネが力を込めても政権交代になっていたでしょう。
パククネの執権は、イミョンバク政権が、少なくとも失敗ではなかったということです。
来年の大統領選挙がパククネ政権の最終成績表になると見られます…
国民が選択をするでしょう。



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中国と日本を訪問した後は、交通意識が良くなる。

palpal

日本の交通秩序は、全世界でも断トツだと思う。
日本で運転をしてみると、同じアジア人であるにもかかわらず、交通意識が他のアジア諸国とここまで違うのかと日本に行くたびに感心する。
 
道に沿って、白点線で両方の車線を区分して、ややもすると片道2車線だと思えるような車道も多いが、車が詰まっても長い一つの車線だけで進むのは、私たちにとっては奇跡的に見えたりもする。
日本では、大きな道路ではない場合、黄色い実線で両側車線を区別する道路はほとんどない。
ほとんどが白の実線で両方の車線を区分する。
それでも交通事故は最も低い国では​​ないかと思う。
 
対馬のような田舎中の田舎でも、横断歩道に乗り出さずに停止線で停止するような交通意識は、私たちが学ばなければならないと考える。
交通先進国と呼ばれる米国や欧州などでも、交通秩序に関する限り、日本ほど良くないと考える。
 
このように、交通意識が高いため、譲歩を前提とする交通行政が多い。
すなわち、狭い道路において白の点線だけで両方の車線を区分している点、交差点で青信号だけで直進と左右折を同時にすること、小さな交差点ではロータリーを利用して自由に逐次的に直進や自分が望む方向に進めること、高速道路にバイクも自由に入ることができる点、高速道路の速度取り締まりのためのカメラが我が国よりかなり少ない点。
 
このような点は、譲歩が上手な人々にとっては効果的な交通政策だと思う。
特に、あまりにも車が多くて、大きな道路がないが、緑の信号だけで直進と左右折を同時に行うことができるということだ。
それでも他の車と衝突せずに上手に抜けていくのは、譲歩を前提とする交通文化だからこそ可能なのではないかと思う。
 
最近は韓国でも、米国などのように、昼間でもライトをオンにする文化が広がっているが、日本においては小さな道路で相手車線から来る運転手の眩しさを意識するのか、曇りの日でもあまりヘッドライトを点けない。
 
いつだったか、日本政府がホームページに、日本の先進文化がアジア各国に多くの影響を与えたと書いて、これを見た韓国のマスコミがそれを皮肉った記事を書いていたことがあるが、秩序意識のような先進意識は、アジアの国、いや世界でも日本が断然最高だと思うし、実際私たちも日本から多くの影響を受けたというのは事実だろう。
少なくともそのような面で、そういう先進意識を持つ日本が私たちの隣人だという点は幸いだというべきではないかと思う。

面白い現象の一つが、最近日本で会った中国人観光客のことだ。
私が写真を撮っていたとき、まるで日本人のように、中国人が同僚の中国人たちに、妨害しないように指示していた。
中国で写真を撮っていたとき、こんなふうにするケースなど一度もなかった。
こういう文化もそのうち中国にも広がりそうだ。
 
日本の高速道路は、路肩が狭い。
路肩がある高速道路でもかなり狭い場合が多いが、日本人たちはそれが当然になっているからか、時速80 Kmで上手に運転している。
だからといって、もちろんすべてのドライバーがみんなそういう模範運転をするわけではなくて、時々高級外車がスピード違反をしている場合もあるし、また駐車場で私の車にぶつけておいて、何の連絡もなかったという場合も経験した。
 
日本に行ってきたら、数週間ぐらいは譲歩運転やコンプライアンス運転をして、運転に余裕を持つ。

ところで、中国に行った場合も、運転習慣が良くなるのである…

私は中国の悠久の歴史とその歴史にふさわしい永遠の文化を好む。
特に中国の一部の文化遺産の中でも、陶磁器文化を好む。
だからといって私は中国の高価な陶磁器を所有しているわけではない。
土を材料にして、そういう有用で美しい芸術品を作れる点について、すばらしい中国の世界的な文化遺産だと考えているのである。
 
だから私はいつも私の心のバケットリスト(Bucket List)と考えている中国の磁器の産地といえる江西省に位置する景徳鎮に行きたいと思って旅行した。
景徳鎮は宋代の時から陶磁器で名声を得て、清に至るまで、陶磁器に関する限り、独歩的な名声を得ているところである。
しかし、今日話したいのは陶磁器に対しての話ではなく、そこを行き来して感じた中国の交通文化についてである。
 
上海から車で5、6時間程度の南京を経て、南京から6、7時間の距離の景徳鎮まで行って、これまで上海や北京などの大都市では大きく感じなかった中国の交通文化を見ることができた。
中国では、外国人が国際免許証で車を運転することができないため、現地朝鮮族の運転手が運転をしたのだが、それは幸いだった。
もし私が運転していたら、事故を10回はしていたような気がした。
 
中国の高速道路は、経済発展とともに比較的最近に建設されたからか、広々とした真っ直ぐさですばらしいが、その道を通る車は車線をまたいで走る車が多くて、あの人はもしかしたら居眠り運転をしているんじゃないのかと思うほどだった。
高速道路ではなくて市内でも、車線を変えるときに、左折や右折のライトをほとんど使わず、高速でいきなり前方に入ってきて、急ブレーキを踏む場合も少なくなかった。
まるでわざとぶつかろうとしているような気がするほどだった。
私たちの車を運転する朝鮮族の運転手も、お金を貰ってゲストを乗せたにも関わらず、頻繁に電話をしており、ハンドルを完全に離して両手で電話番号を押す姿を複数回見たが、旅行中には彼に注意もできなかった。
 
高速道路は、それでも車が多くなくて良かったが、市内に入ると中国の交通文化をそのまま見ることができる。
まず、過去に多かった自転車は大幅に減少したが、運転者にとっては自転車よりも恐ろしいバイクが多くて、そのバイクがどこからでも知らないうちに突然割り込んできて、車線を変更するときにも左右の方向指示器などほとんど出さずに車線を変えて、中央分離帯がない場合は市内の真ん中でもそのまま​​Uターンするのである。
逆走行する車もしばしば見かけた。

信号待ち中に、市内中心部でもゴミを捨てる場合も珍しくなく、しかもペットボトルまで堂々と捨てていたが、誰も指摘する人がいなかった。
多くの人が活動している市内中心部でも、横断歩道の信号もほとんどなくて、私たち一行も両側を見て、中央線を歩いて横断したり、走って横断したりした。
8車線の道なのに、そのまま​​無断横断しているケースもあった。
トラックは荷物をあまりにもたくさん載せているので、高さと幅のどちらも突び出しているトラックを追い越そうとするたびに、その荷物が崩れ落ちるような危機感を持った。
 
クラクションは頻繁に鳴らされる。
私は80年代に車を初めて購入したときはクラクションをたくさん押していため、クラクションの音はある程度理解できるが、中央線をそのままUターンして方向指示器も出さないとか、無条件に割り込むなどの交通秩序レベルは理解できないほどだった。
しかし、人がたくさん住んでいるし、突然の経済発展の影響だと理解することにした。
その無秩序さにも関わらず、事故の現場を見なかったのが不思議なほどだった。
おそらく私たちも6~70年代に、このような似たような経験をしたのかも知れない。
 
韓国に帰国してみると、誰もいない横断歩道でも停止線にじっと止まっている車が立派に見えた。
私も中国の無秩序を見た直後なので、そういうことをしてはいけないという気がして、譲歩運転をする。

だから、日本を訪問すると日本を見習おうという意味で、中国に行った後は中国のようにはなってはいけないという意味で、数週間程度はコンプライアンス譲歩運転をすることになるのである。

palpal

引用ソース
https://www.chogabje.com/toron/toron22/view.asp?idx=&id=134923&table=TNTRCGJ&sub_table=TNTR01CGJ&cPage=1
https://www.chogabje.com/toron/toron22/view.asp?idx=&id=134944&table=TNTRCGJ&sub_table=TNTR01CGJ&cPage=1


韓国人のコメント


イムジョンムテ(ハンドルネーム)
日本は洗脳教育の結果でしょう。
秩序を守ってこそ人間扱いをする社会で、守らない者とはつきあわないような文化を強制的に注入させればそうなります。
人間を論理プログラムや機械として見る現象は望ましくないと私は思います。
多少の事故が生じたり、やや無秩序だったりしても、自分自身が自己中心の世界観を確立していくことが大事…
そうやって全体が調和のとれたような社会になること。
私たち人類は、そういう形を夢見るべきではないでしょうか?
日本人の秩序意識のは、個人の自由意識が強制的に抑えられている状態です。
このような精神状態だと、恐ろしい猟奇的な事件・事故が発生するでしょう。


未来指向(ハンドルネーム)
韓国が日本のように秩序をよく守れば、それも洗脳教育の結果ですか?
秩序をよく守れば猟奇的な事件事故が発生するようになるのですか?


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