100年前の日本人が見た朝鮮人
[ソン・オジョンのコラム]分裂、その悲しい歴史

趙甲濟(チョ・ガプジェ)の超少数派サイトから井戸の外のバンダービルドさん。
あと、バンダービルドさんが紹介していた朝鮮日報のコラム。

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100年前の日本人が見た朝鮮人

バンダービルド

30日、朝鮮日報は「分裂、その悲しい歴史」という記事で、100年以上前の日本人学者(高橋亨)が列挙した朝鮮人の特性(民族性)10個のうち、「党派心」というものが、今日まで韓国人に存在していると書いた。
しかし、残りの悪い特性は、日本人学者の間違った判断(嘘か、矛盾か、歪曲)であり、以降の近代化と民主化の過程で払いのけたものだと書いた。
高橋亨という学者が列挙した朝鮮人の特徴は以下である。

1)思想の固着性

2)思想の依存関係

3)形式主義

4)党派心

5)文弱
 
6)審美観念の欠乏

7)公私混同

8)寛容と威厳

9)従順

10)楽天性

このうち、高橋が不変の性質だといった項目は2つだった。

1)思想の固着性

2)思想の依存関係

日本統治と​​近代学問を学べば変えることができる性質だといった項目は、5つだった。

3)形式主義

4)党派心

5)文弱
 
6)審美観念の欠乏

7)公私混同

良い性質なので、ずっと保っておく必要があるといった項目は3つだった。

8)寛容と威厳

9)従順

10)楽天性

高橋の主張の一部を見ると以下である。
 
「朝鮮の官吏は、官職にいながら公的な心構えがなく、ひたすらこれをチャンスにして、自分と自分の家の私的な利益を得ようとした。
だから国が、いくら国庫収入を増やそうとしても、ほとんどが中間官吏の胃の中を満たすことになり、民を搾取する新しい道具が加わるだけだった」
 
「朝鮮人ほど従う民族は珍しい。国は中国の制御に従い、上流官吏は国王の権力に服従し、庶民は階級制度に従い、上流官吏の圧制に服従している。民は官庁の命令に従っていて、凍え死んだり飢え死んだりしない限り、税金を必ず納めている」

当時の高橋は、併合支配という観点から研究をしたので、研究内容自体に限界はあったが、導き出された項目が「全くとんでもないもの」として否定することはできないようだ。
併せて、今回の朝鮮日報の記事の主張(「党派心を除くと、残りの悪いものはすでに清算されている」)というのもまた、正確なものではないようだ。
私たち韓国人が否定したい現実だが、率直に言って、高橋が列挙した悪いもののうち、かなりの部分がまだ清算されておらず、韓国人たちに存在しているのが見える。

 
高橋亨(1877~1967)
東京帝国大学漢学科卒業、1903年ハンソン官立中学校教師として韓国に赴任。朝鮮総督府嘱託・メトリック館、京城帝国大学教授、恵化専門学校の校長などを務める。朝鮮の言語、説話、ことわざ、民謡、思想、宗教など膨大な分野を研究。

バンダービルド

引用ソース
https://www.chogabje.com/toron/toron22/view.asp?idx=&id=134060&table=TNTRCGJ&sub_table=TNTR01CGJ&cPage=1


みずき的診断(´∀`*)

>>1)思想の固着性

はい、今も残ってます。

>>2)思想の依存関係

これちょっと意味が分からない。思想の依存関係・・・?

>>3)形式主義

残ってます。「名分を立てること」への異常なこだわりも、形式主義から来るものですね。
起源へのこだわり、建国神話へのこだわりなんかも、形式主義から来るもの。

>>4)党派心

変わってません。めっちゃ残ってます。

>>5)文弱(*学問や芸事にばかりふけっていて弱々しいこと。また、そのさま。)

これは「表面上は」変わってますね。
「軍事力がなかったから韓国は日本にやられたんだ!!」という反日的洗脳によって。
 
>>6)審美観念の欠乏

正直パステルカラーの韓服?とか、どうかしてると思います。

>>7)公私混同

変わってません。「力があれば公私混同していい立場を得られる」という意識が蔓延しています。

>>8)寛容と威厳

寛容ねえ…日本人がこだわるような細かいことにこだわらない部分は確かにある。
威厳については、「虚勢」というカタチで発露してるから、けして良いものではないと思います。

>>9)従順

ある意味従順ですね。儒教精神を下敷きにした事大国です。
日本人が韓国人に従順という特徴を感じないのは、韓国は日本に対して「ウリナラが甲(上位)だ」と考えているからです。日本に対しては常にマウンティングをしかけ、上の立場から教え諭そうとしてくるから。

>>10)楽天性

「ケンチャナヨ精神」ですね。ありますね。
でもこれ長所…?



韓国人のコメント


未来指向(ハンドルネーム)
朝鮮日報のソン・オジョン記者の記事を読むと、かなり反日感情が透徹した記者の一人のようだ。
しかし、日本人が植民地統治のために研究したから気分悪いといって無視するのではなくて、苦い忠告だと思って耳を傾けることも知るべきだと思います。
率直に言って、いわゆる植民史学の3大主張のうち、他律性論(*韓国の歴史はすべて、他国、すなわち中国と日本によって振り回された歴史である、という理論)と党派論の​​二つは、現在も私たちの民族に適用される部分だと思います。


*未来指向さんのいう「植民史学の3大主張」というのは、あげられてる「他律性論」「党派論」と、もう一つはたぶん「日鮮同祖論」のことだと思います。もしくは「停滞性論(韓国の歴史には進歩がない)」ね。これらすべて、韓国では「日本が植民地支配のため、朝鮮人に劣等感をわざと植え付けるために唱えた植民史観で、間違い!」ということになってます。韓国人にとって、他の説明は必要ないんです。
でも正確なところ、目的がどうあれ、すべての日本人学者はシンプルにストレートに韓国の民族性を調べてただけでしょう。
たとえば「菊と刀」だって、目的が「日本との戦争に勝つため」だったとしても、ルース・ベネディクト自身はシンプルにストレートにまじめに彼女なりの日本人像を調べただけだったように。だから日本人から見て
「菊と刀」には、「ここは間違ってる」という部分があったり、根底に人種的蔑視を感じたりもする。けど、だからといって彼女が嘘を書いたかというとそんなことはなく、価値がそこなわれるわけでもなく、「当時の日本人」を知るのに役に立たないということもない。


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*バンダーさんの言う朝鮮日報の元記事も紹介しておきます。

[ソン・オジョンのコラム]分裂、その悲しい歴史

国を揺さぶる前に分裂を警告しなければならない

選挙で明らかになる民心だけが共存の価値を回復させて

今後の危機の前で国民を団結させる

ソン・オジョン論説委員

高橋亨は、韓国の近代史を勉強するときに避けられない日本の学者だ。 
1902年に韓国に来た彼は、韓半島解放まで韓国を研究した。
思想、宗教、政治はもちろん、説話・ことわざまで掘り下げた。
彼が残した韓国学の研究成果は膨大である。
帝国主義の調査はこれだから怖い。
相手を軽蔑しながらも研究するからである。
支配するためにだ。
彼はそれに徹底的に奉仕した学者だった。

高橋が100年前、朝鮮の民族性について書いた本「朝鮮人」は、長い分量ではない。
しかし韓国史に残した波紋は大きかった。
当時の支配エリートは、この本を通じて朝鮮観を形成した。 
「事大主義は、朝鮮人が朝鮮半島に住む限り永遠に続く特性だ」というフレーズは、今も日本の右派の韓国観を支配している。
問題は、彼が主張した民族性論が、解放後も悪霊のように私たちに付いて回っているということだ。

高橋が挙げた朝鮮の10個の民族性は、すべてを取り上げる価値はない。
嘘か、矛盾か、歪曲した記述が多いからである。
当時はそうだったが、近代化と民主化の過程で正常になった悪習もある。
しかし、今もなかなか否定できず、しつこく私たちに食い下がってくるものがある。
彼は朝鮮人の第4の民族性として取り上げた「党派心」、すなわち分裂的民族性である。

高橋は「家・階級・信仰・利益を根幹にして、簡単に頑丈な党派を作る人々を、朝鮮人以外で見たことがない」と書いた。 
「朝鮮人は、そもそも利害に沿って動けない」という暴言も残した。
日本はこのような視点を、当時の朝鮮の小学生にも教えた。
植民地教育と被支配民族が、自らを蔑視し、支配民族に奉仕するようにするためである。
その目的のためには、高橋の「朝鮮人は党派心がぬぐえない」という主張は効果的だった。
今日の友人を明日は敵にする民族に、どうして誇りを感じられるだろうか。

私たちの学者たちは、これを否定するために絶えず努力してきた。
実際は、どのような国でも権力闘争は起こる。
闘争は、正反合を繰り返しながら歴史を発展させる。
朝鮮の党弊の象徴として議論される士禍も、腐った既得権を抉り取る歴史的発展の過程で起こったことだ。
悲劇的だが重要な犠牲だった。
しかし、いくら悩んでも、朝鮮後期の朋党闘争まで肯定的に解釈するのは難しい。
哲学も、名分もない。
ギャングの利益があるだけだ。
だから、相手を永遠に消してしまう「独存」を追求した。
そうやって「独存」に成功しても、またすぐに分裂して再び戦った。
北人は、大北・小北、ユク北・ゴル北・タク北・チョン北に。西人は、功西・清西、老西、少西、山党、漢党、老論・少論、僻派・時派に…。
まるで最近起きている複雑な政派分裂を見ているようだ。
そうやって分裂している途中で、国全体を滅亡する場面は、盛んに分裂していた細胞が、瞬く間に癌の塊に変わる過程を連想させる。

高橋以前から朝鮮の党派は、私たちの学者たちによって、辛らつな批判を受けてきた。
朝鮮末期の大文章家のイ・ゴンチャンは、著書「党議通略」で「二党が三党になり四党になり、200年という長い期間、ついに正論を立てられなかった朋党について語れといわれれば、唯一私たち朝鮮がそうだ」といった。
高橋の誤りは、17~18世紀の時代の悪習を、韓国史全体に拡大し、民族性に飛躍したものである。
したがって、私たちが分裂しなかったら、高橋の主張は歴史の中に消える。
しかし現実はそうではない。
高橋の悪霊をこの地に捕らえているのは日本ではない。

私たちはなぜ分裂したのか。
イ・ゴンチャンが提示した8つの理由のうちの最後が印象的である。 
「国の太平が長すぎるため」ということだ。
朋党は、二大戦乱の廃墟から始まった。
イ・ゴンチャンは「敵が侵略してきたらやられるし、敵が退いていくと上も下ものんきになって、初めから困難がなかったようになった」と批判した。
朝鮮の無駄な礼訟の議論は、丙子胡乱22年後に起きた。

*「朝鮮の無駄な礼訟の議論」というのは、何度かあった王族崩御時の服喪の礼儀の論議のことですね。「1年喪に服すべきだ」「いや3年喪に服すべきだ」「いや9ヶ月だ」という議論でバラバラに分裂して戦いまくってたんです。アホですね。名分へのこだわりであり、形式へのこだわりで、この「カタチへのこだわり」は現在の対日外交においてもあらわれていて、非常に面倒くさい。永久謝罪にこだわるのもこのあたりにある。しかも面倒くさいからといって、韓国人の言うがままに対応してると、「ウリナラが甲である」という意識を強くして要求をどんどん強めてくるので、ますます面倒くさくなります。「うるさいし面倒くさいから、言う通りにしておけばいいんじゃないの」は駄目だということ。最初にラインを引いて拒絶しておかないと駄目ということ。


後代はこれを厳しく批判する。
解放から71年、戦争から66年後に行われる今日の無駄な分裂を、後世はどのように評価するだろうか。
先日、与党指導部は「玉璽闘争」で一晩をあかして、「西海の守護の日」のイベントに参加しなかった。
北朝鮮が武力示威をしている時だったというのにだ。
そんな政党が、昨日は敵に「安全保障を放棄するのか」と非難した。
朝鮮後期の朋党も、この程度のレベルだったのではないか。

韓国人は、危機になると束になる民族という。
しかし旧韓末の危機では、一つになることができなかった。
そして国を失った。
党派分裂が臨界点を超えて収拾できない状況に至ったからである。
分裂が再び国を揺さぶる前に、大統領と与党に向けた明確な警告が必要である。
選挙で表れる民心のみが、共存の価値を回復させ、必然的に近づいてくる危機の前で国民を団結させる。

引用ソース
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=shm&sid1=110&oid=023&aid=0003159280


*韓国人は、「否定できる名分」となる論拠作り(ストーリー作り)ができたら、歴史の書き換えができると思ってる側面がある。


バンダービルドさんのコラム(一部)
【韓国の反応】ある韓国人の悩み「いつからか韓国の歴史教科書の記述が主観的で偏向していると思うようになり、信じられなくなってしまいました」