親日の烙印・反日ヒステリー…「民族」を売る左派

昨日に引き続き、キム・グァンドンという方のコラムです。
昨日の→【韓国の反応】「世界が見る日本と韓国が見る日本」~なぜ韓国人だけが日本を嫌いなのか?

後半に行くにつれて、韓国人の限界というか「業(ごう)」が見えてきます。
なんていうかな「名分論」への飽くなき執着みたいなもの。
長いです。

ダウンロード (1) (3)



親日の烙印・反日ヒステリー…「民族」を売る左派
 
普遍的価値に立脚し、日本を客観的に見てこそ韓国社会が成熟する


日本への意図的な敵対意識と民族の価値の蹂躙

150920_0007-010001
キム・グァンドン国政策研究院院長


(*前回記事の続きです)

III.「過去の軍国主義」と「現在の全体主義」への錯綜した二重性

軍国主義日本の植民地支配の過程への敵対的意識の形成を見ると、現在の全体主義的な北朝鮮を見る視覚とは対照的である。
日本が行った軍国主義と全体主義を批判して警戒するのは、それがすべての人間の基本権を蹂躙し、民族の生存権と独立権を侵害したからである。普遍的な価値的基準と、民族の価値的基準に基づいて、民族の自由と人権、民主主義と民族繁栄などの基準で、体制と歴史的事実などを評価しているのである。

したがって、日本の軍国主義の厳しい植民体制の問題を正確に見るなら、同じく1945年以来70年以上も北朝鮮で展開されてきた全体主義の克服やしっかりした対応意識を確立しようとしてこそ、一貫性を有するものである。
例えば70年前の日本による慰安婦問題と独島領有権の主張の問題については、葛藤レベルが高くて、語るだけの価値があるのは事実である。
しかし、植民地支配の抑圧性や過酷性、そして人権侵害的な慰安婦問題や独島に対する領土葛藤を基準とするなら、現在進行している北朝鮮での大規模な人権侵害や虐殺への問題提起は、取り上げる回数においても強度においても、慰安婦を取り上げるレベルに及ばないのである。
民族と人権という基準で見るなら、基準に合うように客観視してアクセスする必要がある。
過去の人権侵害も問題だが、現在広がっている人権蹂躙や虐殺のほうを、もっと重要視して真剣に認識して扱わなければならない。

当然、最も重要に扱わなければならない第一の議題は、韓半島の北で広がっている民族に対する蹂躙と破壊への対応である。
例えば、日帝時代の1930年の韓半島内での私たち民族の生活と、2015年に北朝鮮に住んでいる私たちの国民の生活のレベルを見ると、なんと85年の時間が流れたというのに、むしろさらに悪化しているのだ。
文明破壊のレベルと言っていいほど悲惨で、宗教の自由、居住移転の自由、言論の自由はもちろん、栄養状態や教育の機会など、全領域において最悪の状況にある。

無差別な公開処刑は言うまでもなく、大量飢餓による死亡、政治弾圧と政治収容所のレベルなどは、日帝時代と比較できるレベルでは決してない。
これは、20世紀と21世紀をまたぐ韓国民族への蹂躙であり、文明の破壊の最も象徴的なレベルだといえる。
日本の軍国主義によ​​る全体主義の克服についての韓国人の態度と、北朝鮮の共産主義的全体主義の克服についての韓国人の態度は、あまりにも二重性である。
伊藤博文は狙撃の対象としてみているのに、金日成と金正恩を狙撃の対象として見ない社会認識構造なのである。

自由と民主を含むすべての普遍的価値基準で評価するなら、人間の基本権を蹂躙する北朝鮮の共産体制への批判と、共産体制の中で奴隷生活にうめき、死んでいく私たちの民族を解放し、光復を迎えさせるのが、最も重要な課題である。
それにも関わらず韓国社会は、現在の基本権蹂躙の北朝鮮の体制よりも、日本への敵対意識のほうがはるかに強くて日常的である。
北朝鮮の2300万人の我が民族の解放闘争は、見つけるのも難しい。
むしろ、米国の北朝鮮人権法に抗議する国会議員の書簡伝達(2004)などで見られるように、米国や日本が北朝鮮の人権問題を提起して法を制定することをむしろ反対して抗議する状況が繰り広げられているのが現実である。

第二は、領土と主権への脅威レベルに対する認識と対応方法である。
過去70年間、韓国の領土と主権に対する脅威と攻撃のレベルと回数、規模を見ると、北朝鮮と日本は比較の対象にさえならない。
日本が独島を日本の固有の領土であると一貫して主張し、国際法での処理対象にしてきたのは事実である。
しかし、植民地時代が終結してからの過去70年間、日本は大韓民国の主権を剥奪したり、領土を奪う目的で銃を撃つような力を使った例はない。
さらに、北朝鮮がしたように、6.25のような戦争を展開したり、大量虐殺をすることもなかった。
大韓民国の主権と自由民主体制を脅かす意図を目的とした物理的な攻撃はなかった。 
「独島の日」さえ、地方自治団体の島根県が開催し、中央政府は次官級が参加するレベルに留まっている。

北朝鮮は全世界が、平和破壊勢力であり、最も悪辣な専制君主体制であり、人権蹂躙が横行している国だという共通の認識を持っている。
しかし韓国人たちが嫌いな対象は、正常国家の日本であり、世界最悪の全体主義国家の北朝鮮ではない。
北朝鮮に対する認識と、日本に対する認識のレベルは差が大きくて、日本よりも北朝鮮のほうを、はるかに大きな割合で友好的に見ている認識が高いというのは、民族の価値や普遍的な価値で評価するとき、認識と対応に大きな歪みが形成されていることを示す。

一例として、教科書を見ても、日本と大韓民国に対する批判と比較すると、共産全体主義への批判は次元が違うほど小さい。
韓国と日本については、過酷な批判で綴られている。
大韓民国への批判としては、「親日清算を徹底的にしておらず、民族の精気を正しく立てることができなかった」という表現が繰り返されている。
韓国社会が日本を意図的に敵対視する認識は、大韓民国と韓国政府に対する批判と軌を一にしている。
現存する全体主義には目を閉じて、70年以上前の過去の軍国主義に社会的関心を集中させているのが現実である。
そのような認識の構図を形成させるのは、反日感情の組成と拡散を意図したものであり、全体主義勢力の金日成とその世襲体制を「民族」で覆う認識を構造化させようという目的から始まったものと判断される。

例えば韓国の建国過程を「親日」と罵倒して、全体主義や共産帝国の操り人形の政府を「抗日」であるかのように神話を作ってきたのも、そのような構図の一環である。
共産帝国主義の一員となって、全体主義体制で綴られた北朝鮮の政局に対する批判はなく、歴史的事実とは異なり、大韓民国の建国勢力や政府を親日と規定する方式が、最も典型的である。

日本への意図的な敵対意識は、大韓民国と大韓民国体制の否定と繋がっていて、大韓民国の建国の正当性の否定が集中的に展開されてきた。
もちろん、このようなやり方で建国の正当性を否定するのは、国家観と体制観の形成に多大な影響を及ぼすことになる。
こういったことから、日本への敵対意識を作る勢力は、大韓民国を毀損する目的で、大韓民国に日本帝国主義との癒着という意味の「親日」という捏造された非難を日常化させた。

反民族的かつ別種の植民地体制を作った本山は、ソ連と北朝鮮共産勢力だったというのに、むしろ「親日」というしがらみを大韓民国にかぶせてきたのだ。
特に北朝鮮は、全体主義スターリンの操り人形システムだったにもかかわらず、北朝鮮が「抗日闘争」を導いた勢力が作ったという虚構的宣伝に大きな影響を受けている。
その結果、大韓民国に親日というくびきを作って被せたし、今もまだそこから抜け出せていないということは、共産体制を維持してきた全体主義の意図された操作と宣伝扇動が、相当部分成功したことを示している。
韓国に形成された反日敵意のかなりの部分は、大韓民国が堂々と民族的抗日政府を構成したという事実を見ず、親日勢力だという捏造を既成事実化し、民族的な主体性と正当性を毀損させてきた結果である。

日本とのすべての協力体制を拒否する社会構造も、その延長線にある。
実質的な成果を生まなかった北朝鮮全体主義との交渉については、「歴史的な交渉」という評価を受けるのに対して、正常な国家関係にある日本との交渉については、「亡国的ないし反民族的交渉」として非難の対象となる。
例えば日本との国交正常化も、慰安婦問題に対する妥結でも、日本との交渉と合意には大きな反対デモが広がるが、6.15宣言にしろ10.4宣言にしろ、あるいは南北基本合意書と不可侵協定(1991)なども、すべての合意が肯定的評価の対象になってきた。

共産主義との交渉を屈辱的なものと評価された例は稀である。
南北不可侵協定、非核化共同宣言など、すべてのものは紙切れ同然であるにも関わらず、それを屈辱交渉だとか、廃棄すべき対象として見ない認識構造なのである。
例えば北朝鮮と結んだ韓半島非核化宣言は、深刻な主権の制限にもかかわらず、何の反対もなく妥結され、北朝鮮は守らず、韓国だけが縛られたのだが、それに対する屈辱的交渉という評価や廃棄要求は大きくない。
反民族的全体主義との交渉を民族的なものと見て、通常の国家との協力は反民族的だという攻撃が、当たり前のように展開されているのである。
日本との交渉は、すべてが屈辱的なものと評価されている。

結論的に見れば、韓国社会で広がる日本への過度で意図された敵対意識の組成は、全体主義との連帯や共同闘争と繋がっているというのが厳然たる事実である。
これは、反日敵意を組成している人々は、北朝鮮の反民族的全体主義に対する敵対感のレベルが非常に弱いか見つけるのが難しいということからも確認できる。
全体主義の北朝鮮も、韓国社会のそのような対日敵意を活用してきた。

例えば2015年の末、パククネ政府の慰安婦交渉について、反日感情を利用した交渉拒否もそのような典型的な例だ。
次は、慰安婦問題に対する韓-日間の合意以後、北朝鮮が2月前後に散布したビラの内容である。
反日情緒を活用し、北朝鮮に対する友好的な感情を作り、他の一方では大韓民国の基本的な方針を否定し、政府と体制を非難にする方法を繰り返している。 
1964年の韓-日修交会談や慰安婦問題の交渉など、他のすべてのケースで表示される「民族主義の葬儀」「屈辱的交渉絶対反対」などが乱舞していた韓国社会の反日と、脈絡を共にするというのが分かる。

韓国社会は現存する全体主義との対決ではなくて、過去の軍国主義と対決する認識構造を早急に克服しなければならない。
より一層過酷で悲惨な全体主義が行う民族の蹂躙と人権基本権の破壊については目を閉じて、代わりに70年前の植民地支配の酷さと残酷性にだけ焦点を合わせる方法は、駄目なものだ。
これは、一方では、現存する全体主義的蹂躙システムを幇助する認識の枠組みを拡大させるものであり、他の一方では、全体主義体制を克服するために協力しなければならない周辺国の日本とは、小さなものでも連帯や協力の枠組みを霧散させたいという意図と結合したものである。


IV.帝国主義の誤解と一方的な認識

韓国社会には「帝国主義」的存在を、日本だけとして見る認識が非常に強い。
韓国で展開されている帝国主義の覚醒と対抗意識は、日本に対してのみ適用されるだけで、他の周辺国は例外の認識である。
中国とロシアは帝国主義とは見ず、ただ日本だけが帝国主義だという認識構造が形成されてきたのがそれである。
帝国主義を見る認識について、大きな二重の認識構造が固定化されているのである。
これは、日本だけを敵対的な存在として浮上させるという意図された認識形成の結果だとしなければ、他の解釈が難しいレベルである。

韓国に帝国主義的行為を敢行する国は唯一日本だけという認識を構造化する最初の方式は、日本の植民地支配以前、韓国は完全な独立国だったというのを前提とするものである。
ここでは、前近代的な封建体制だった朝鮮が、明や清などをはじめとする中国への事大と冊封の関係の説明や認識を、意図的に否定しているのである。
朝鮮の外交権と国防権を否定していた中国の帝国主義的行為については、取り上げる対象になっていない。

まるで中国から独立していた自主国家の朝鮮が、日本の進出によって、長い間維持されてきた自主独立国家が崩壊したかのように認識させている。
帝国主義と覇権主義的態度は一般的なもので同様のものであるにも関わらず、帝国主義的行為と規定づけるのは、ほとんどが日本だけを対象として固定化されている。
朝鮮を対象にした500年の中国覇権と覇権主義的な行動は見ず、35年間の植民地にだけすべての焦点を合わせている。

そのような認識の形成の結果として、例えば高宗の父でありながら、1880年代に朝鮮で最大の権力を行使していた興宣大院君が、壬午軍乱の後、中国に拉致されて3年間中国に抑留されていたということが、歴史的事実であるにも関わらず、取り上げられてもいない。
また、袁世凱が軍事力を集めて12年間ソウル龍山に滞留し、総督のような役割を果たしていたという基本的な事実さえも知られていない。
中国の支配と覇権行為は、相対的に韓国社会で批判の対象とされていないからである。
中国のために作られた迎恩門が独立門になったことについても、独立門の独立というのが中国からの独立を指したものであるという歴史的事実は忘れられて、ほとんどの韓国人が、日本からの独立の意味だと思っているのも同じだ。
知られていないのは、日本がしたことではなく、中国がしていた覇権的で帝国主義的な行為だったからである。

同様に、韓国社会で言及される独立の意味は、普遍的な独立とは距離がある。
どの国でも独立というのは普遍的概念で、国民形成の概念だが、韓国でいう独立というものは、反日独立を意味している。
独立運動(independence movements)も、普遍的次元での国民形成(nation building)の次元や自由で民主的な近代の価値の確立とは見ず、反日活動だけが固定化されている。

例えば独立記念館も、近代的な独立国家を志向する活動が含まれているのではなくて、日本の蛮行と日本への抵抗という単一の項目に注力されていて、独立記念館というよりも「反日記念館」という評価が正当なのが現実である。
全世界を対象にした過酷な共産帝国主義から独立した国を作る闘争は、独立闘争とは見ない。
これは、独立と自主の概念が普遍的な意味として確立されず、特定の国(日本)を対象とした独自のコンセプトで作られたものである。

併せて、中国だけでなく、ロシアが主導した北朝鮮の支配と搾取、虐殺についての評価がない。
中国と同じく、ロシアの帝国主義的行為に対する認識は形成されていない。
新義州事件や咸興元山でのソ連軍政の無慈悲な虐殺と弾圧や、共産帝国主義に対抗した偉大な反共産主義闘争だった黄海道九月山での反共パルチザンの歴史的闘争は、私たちの歴史の中からすでに消えて久しい。
加えて、旧韓末に高宗がロシア大使館に避難して、ロシアに依存して内閣を構成して国政を行ったことについても、独立の概念に基づく批判の対象にはなっていない。

特に1945年以降、ソ連(ロシア)が帝国主義的に韓半島に共産主義体制を作り、民族を破壊して自主権を蹂躙したのは悲惨なものだったにも関わらず、これを帝国主義的だと見る事例はほとんどない。
日本との友好関係を維持し、日本の降伏のわずか6日前に対日戦争に参戦したのと引き換えに獲得したソ連の利権と帝国主義的支配に対する認識は、韓国ではほとんど形成されていない。

ソ連帝国主義は、日本が作った帝国主義とは次元が異なるレベルの反民族的で反人倫的なものだった。
それなのに、ロシアが北朝鮮に進出して行った虐殺と全体主義体制の擁立についての認識は、見つけるのが難しい。
金日成政権自体、ソ連帝国主義の操り人形政権だったのに、そういう学術的評価やメディア報道を見つけることができない。
民族主義勢力が弾圧されて、チョ・マンシクをはじめとする朝鮮民主党が解体され、カトリックとキリスト教などの宗教は生活の基盤を剥奪された。
産業施設を破壊したのはもちろんのこと、憲法制定や国旗の制定、政権指導部の形成から共産ソビエト体制の構築に至るまで、自主と独立の概念など一切なかった。

ソ連は民族惨禍を作った戦争を主導して、世界最悪の全体主義体制を作り維持する主役となったというのに、これに対する反帝国主義的批判は存在しない。
北朝鮮は典型的な傀儡国家で衛星国だったのに、ロシアの帝国主義的性格に対する認識を持たないのは、日本に対する認識とは次元が違うもので二重性である。
むしろ韓国における帝国主義的批判は、日本以外だと米国に向いている。
共産主義のことは帝国主義として見ず、全体主義の中で最も人間の基本権を破壊する全体主義と見ないという、深い認識構造が形成されているからである。

最後に、中国の朝鮮戦争への参戦と大韓民国の統一阻止の認識と批判は、韓国社会の談話から見つけることができない。 
6.25という侵略戦争と大惨禍を経験しても統一ができず、いまだに北朝鮮が全体主義体制のままである最大の責任は中国であるにもかかわらず、中国への批判と責任の問題は、韓国で形成されていない。
少なくとも60万人以上の中国軍が大規模参加して、侵略戦争を行った北朝鮮を助け、数万人の韓国人を死亡させたという歴史的事実を、どの歴史教科書においても、学術書籍でも、記述するのをタブー視するレベルである。

結論として韓国社会において帝国主義勢力というと、以前は日本だったし、今も唯一日本であるという構図だけがそのまま維持されている。
日本への敵対意識の形成に集中しているからである。
そのような認識は、日本が侵略する前は朝鮮が独立国だったという虚像と、中国とロシアは帝国主義的ではなかったという虚構的な認識の延長線にある。
もちろんそれは共産主義を全体主義と見ないようにし、帝国主​​義と見ないようにする意図された認識構造が作成された結果である。

大国は覇権的で、弱小国を対象にして帝国主義的な態度を取ったという点で、中国とロシアも例外ではなくて、むしろもっと厳しかったにもかかわらず、韓国は、帝国主義というと日本だけという認識が構造化している。
日本だけを敵対対象と見て、中国とソ連の蛮行は帝国主義という枠組みの常に例外である。
共産主義を全体主義ではないと見たり、帝国主義的行為ではないと見る二重認識が機能しているのである。
共産主義のほうが厳しくて、無慈悲な反民族・反人倫的帝国主義だったのにも関わらず、そうは見ず、日本だけが対象の帝国主義論的認識の原因は、帝国主義を見る視点が共産主義の帝国主義論に立脚し、共産主義との連帯を根幹にする錯綜して歪曲された認識の結果である。


V.日本への敵対意識と解決策

韓国は、日本を客観的認識の対象にしていない。
自由、民主、人権、宗教もない北朝鮮と中国を、日本と相互比較することさえ実際は大きな問題である。
世界が見る日本と韓国が見る日本の認識の間に、説明できない隙間が存在する。
もちろん日本のほうも、韓国に対して前向きに姿勢を変化させる努力をしなければならないだろうが、韓国も国益増進と普遍的価値の成熟と拡散のため、日本を客観的に見て、「嫌悪国家」ではなくて、これまで誤解してきた認識ギャップを解消し、共同の価値を志向する案を見つける必要がある。
韓国の立場から見れば、その最初のステップは、普遍的基準に基づいて日本を見るという姿勢である。
あえて分類するなら、近代の価値、普遍的価値、そして民族(国家)の価値という基準である。
意図された日本への敵意の組成と政治目的的次元で敵対的韓日関係を形成しようとする歪曲された構図を克服する方策は、次の3種類の認識構造の問題提起で始まるべきである。

まず、日本への敵対意識組成は、前近代封建体制を脱却する過程で、近代性の拒否現象と関連しているという事実である。
例えば鉄の棒やシンジャクロ(新作路)がそれである。
民族の精気の抹殺というような迷信と風水地理的現象と連携させ、近代的な現象を植民地支配と反日敵意形成に繋げる世論の造成が、無批判的に実在している。
韓国が自ら展開してきた反封建と前近代の克服過程を説明しておらず、むしろ近代的な現象を悪意のある日本支配と民族の精気の抹殺行為の結果だと歪曲宣伝するのは、韓国社会の低級な認識レベルを語るものである。
未来志向的な韓-日関係は、韓国が目指すべき文明社会という方向に配置されている。

第二に、日本への敵対意識には「現在の全体主義の問題に対する意図的な回避」と深く関連している。
日本の植民地体制を批判していたのは、軍国主義が作られたシステム、すなわち自由と民主主義をはじめとする人間の基本権への蹂躙から始まったものである。
その後70年前に展開された日本の軍国主義に対する警戒心は、連続的で一貫して現在の私たちの民族に広がる現在の北朝鮮の全体主義への批判や克服策と繋がって現れてこそ当然である。

しかし、韓国での日本への敵対意識は、過去の厳しい植民システムへの批判だけで、北朝鮮の全体主義体制下にある私たちの国のための解放闘争とは繋がっていない。
むしろ北朝鮮の全体主義と連帯して日本を攻撃する認識構造が設定されてきた。
それは、普遍的価値に基づいての日本批判ではなく、「過去の日本」に焦点を合わせて「今の全体主義」に対決すべき民族の力と普遍的価値の確立を意図的に歪めてきた結果である。
また、そのような非難と攻撃が、他の一方で北朝鮮の全体主義ではなくて、大韓民国という国と自由民主主導勢力に向くという点で、より一層意味を持っているのである。

第三に、日本だけを帝国主義の象徴的存在として見ているという事実である。
他の中国とロシアをはじめとする帝国主義と覇権主義的現象は、意図的に度外視して、日本だけを帝国主義として非難を集中させている。
日本の帝国主義的性格を強調しての批判があまりにも厳しく、もっと帝国主義的な共産帝国主義の残酷な支配に対する批判を見つけるのが難しい。
中国の帝国主義的支配とソ連の帝国主義的支配、そして普遍的価値に反して民族の価値に反する共産体制の侵略戦争と共産全体主義との対立という、過去70年間の韓国の反帝国主義闘争と戦争に対する認識は、徹底的に排除されたり歪曲されているのが現実である。

そのような面で、独島や慰安婦問題などの日本に関する認識は、事案ごとに正当に対処する必要があるが、近代的価値観に反する「民族の精気の抹殺」のような認識や、全体主義への対応を糊塗する認識、そして中国とロシアなどの現存する脅威的な帝国主義態度を回避して歪曲しようとする意図に沿った日本敵対認識は誤りであり、再確立する必要がある。

また、日本への敵対意識形成の意図は、大韓民国の体制と正当性の否定とも深く関連した場合が多い。
それは、共産主義が拡大した当時、つまり大韓民国の建国時点での階級闘争の一環であり、大韓民国の正当性に対する否定の方法として「親日」という烙印を押すことから始まった歴史的起源とも繋がっている。
そのような面で、近代の価値に反し、民族の価値に反し、普遍的価値に反する北朝鮮の全体主義と共産帝国主義を終わらせる過程は、日本への正当な認識の確立とも密接に繋がっている。

北朝鮮全体主義の終息と韓半島の統一はもちろんのこと、韓国社会での自由と民主の成熟、普遍的価値の確立、そして東アジアの繁栄共同体の形成などは、すべてが日本への客観的認識という方向と同一線上にある。
普遍的価値と民族の価値に立脚し、日本を客観的に見るのは、韓国社会がより成熟していく過程であり、一つの障害物を越えるためのプロセスである。


引用ソース
http://www.mediapen.com/news/view/131272


*キム・グァンドンさんは「体制」に善悪をつけすぎだと思う。
体制そのものには本来は善も悪もないですよ。
「近代的体制が善」「民主主義が善」みたいな固定化された思考はどうなのよと思います。
あと、おそらく本人も気づいてないだろう「名分論への執着」には、翻訳しながら胸が詰まってちょっとオエッてなってしまいました(^_^;)笑

日本が気をつけないといけないのは、こういう人の言葉にのせられて「韓国と共に北と戦おう!」みたいな発想をしてはいけないということ。
もし仮に、日本が一生懸命協力してあげて、その結果、北が崩壊して南主導での統一が成し遂げられたとしても、そこに登場するのは「一回り大きくなった反日国家」です。
統一の過程で日本はお金を出さされ、その後いろんなものがウヤムヤにされ、「北の人民への謝罪と賠償がまだだ!」みたいなことを、統一された国が言い出すでしょう。そういった闘争を「南北が団結する手段」として使ってくるのは、火を見るよりも明らかです。
どれだけ誠意をもって協力しようが、日本は損しかしないということ。

「あの国がとにかく混乱しまくるようにする」というのが、日本がとるべきあの国への処し方だと思います。

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

>>初めまして、いつも記事を読ませていただいています 記事の中の韓国人の反応を見ていて疑問があったので質問させてください 韓国人が「ヘル朝鮮」と自国を自虐するときによく一緒に出てくる「女性部」とはいったいなんなのでしょうか? みずきさんの過去記事の韓国人の反応にも頻出するのですが、いまいちこれがなんなのかわかりません 日本で言う市民団体?人権団体?みたいなものなのでしょうか・・・

女性部(女性家族部)は市民団体や人権団体じゃなくて、行政組織です。
たとえば日本における「文部省」「外務省」「法務省」は、韓国でいうと「教育部」「外交部」「法務部」です。
日本だと「省」だけど、韓国では「部」。
で、韓国の「部」のひとつに「女性家族部」(女性部)があります。
日本でいうと、「男女共同参画大臣」を内閣府特命担当大臣として任命したりしてたけど、それがギリギリ一番近いかも。近いといっても、日本は別に「男女共同参画省」を作ったわけじゃなくて内閣府特命大臣だったし、がっつり一つの「部」になってる韓国とは相当違うけど。
韓国のように一つの「部」にすると、なくすのは大変だろうなと思います。利権も生まれてるだろうしさ。
韓国人のコメントを読む限り、頭のおかしなフェミニストの巣窟になってて、右派だけじゃなく左派からも女性からも罵られ、社会的混乱をむしろ助長させる存在になってるようなので、日本は他山の石とすべきだと思いますね。